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年表

北山杉・北山丸太歴史年表

時代 年代 西暦 北山杉・北山丸太に関する事項
室町 南北朝中末期 1336~1392 中河村で杉の植林始まると推定される。
室町初期 1336~1573 「台杉仕立」中河村で始まると推定される。
安土桃山 天正年間 1573~1592 千利休、北山丸太の一部伐採権をもっていたとの記録あり。
江戸 延宝五年 1677 ダンゴ付挿木、本白杉の挿木苗若干植栽。
元禄元年 1688 この頃より北山丸太の名が知られ、各地に出荷される。
寛政三年 1791 山城国土産名物として「北山丸太」の名が現る(都名所図絵)。
明治 明治元年 1868 中西又助氏、北山で初めて杉の実生栽培を行った。
明治一四年 1881 中川・小野郷地区の木材(杉)年間生産二五八〇〇本の記録。
明治二六年 1893 天然絞の挿穂に成功する。
(楳田市兵衛氏、立木丸太買取り、中に天然出絞一本あり。)
明治三五年 1902 北山丸太などの大八車・牛馬車による搬出始まる。
大正 大正三年 1914 即位大礼の用材、北山丸太六二六本納入。
大正五年 1916 「楳田出シボ」挿木による人口増殖、初出荷する。
大正七年 1918 北山丸太商組合設立。
「打合(おちあい)シボ」中田氏、自家伐採する。
大正一一年 1922 新谷栄太郎氏、人造絞を始める。(吉野の細野氏も同時に人造絞始める)
大正一三年 1924 新谷氏、人造絞四本のみ販売(二〇七円成)。
昭和 昭和元年 1925 貨物自動車の運送(山石運送)が営業開始。
この頃、北山丸太の年間生産約三万本。
昭和三年 1928 八月、昭和天皇の即位の礼による悠紀、主基殿用の黒木丸太五〇〇本納入。
昭和一二年 1937 この頃、北山丸太の年間生産約五万本。
昭和二一年 1946 「京都府北山丸太生産組合」設立。組合員四八名。
昭和二四年 1949 この頃、北山丸太の年間生産約一〇万本に達する。
昭和二五年 1950 九月三~四日、ジェーン台風により丸太及び一般材被害。
昭和二六年 1951 中小企業等協同組合法の施行により、「北山丸太生産協同組合」設立。
昭和二七年 1952 人造絞り丸太の量産体制に入る。
昭和四〇年 1965 人造絞丸太の大量需要起こる。
全国銘木展示会において「天然出絞丸太」が農林水産大臣賞受賞。
昭和四一年 1966 「北山杉」が京都府の木に選定される。
「北山丸太生産協同組合」から「京都北山丸太生産協同組合」に名称変更
昭和四四年 1969 三月一三日、北山林業未曾有の雪害。被害額五〇億円。
昭和四四年 1969 全国銘木展示会において「北山丸太」が農林大臣賞受賞。
昭和四九年 1974 この頃、北山丸太の年間生産約一八万本。三二億円。
昭和六一年 1986 三月二三日、春の雪で北山杉折損、倒木の大被害。
平成 平成三年 1991 二月二〇日、積雪で北山杉大被害。五〇万本、一〇〇億円。
三月一日、北山杉の大量倒木。
平成五年 1993 二月三日、倒木被害一万三千本。
平成六年 1994 二月一二~一三日にかけて大雪。北山杉被害、三千八〇〇万円。
平成九年 1979 京都府林務課「北山杉雪害発生予測図(ハザードマップ)」を作成。
平成一〇年 1998 北山丸太、京都府の伝統工芸品の指定を受ける。
九月、台風七号により一万八千本の倒木被害。
平成一六年 2004 元旦前夜からの降雪により北山杉三億六千万円の被害。
約一九万本が降雪で倒伏。
平成一七年 2005 「北山丸太ブランドラベル制度」を制定。
平成一八年 2006 地域団体商標「北山丸太」が登録査定を受ける。
平成二〇年 2008 地域団体商標「北山杉」が登録査定を受ける。
平成二二年 2010 京都北山杉の里総合センターが竣工する。

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